こんにちは、駒場野です。今回もちゃんとサッカーネタです(笑)。
ただ、集計に意外と手間取りまして、遅くなってしまいました。
先週の水曜、1月15日にFIFAは2014年W杯ブラジル大会に向けた審判候補者のリストを発表しました。2012年7月に各大陸連盟から推薦された52組156名がいろいろなテストを経て、25組75名へ絞られました。日本からは前回の南アフリカ大会に続いて西村雄一が主審、相楽亨が副審として選ばれ、さらに名木利幸が新たに副審となって参加します。西村と相楽は前回、韓国のチョン・ヘサン副審と組んでいましたが、審判間の無線システムが充実して迅速な判定が可能となる中、英語ではなく日本語でやりとりできるのは大きいと、JFAの上川徹審判委員長も16日の記者会見で喜んでいました。また、西村主審も笑顔の中に自信をのぞかせる中、感無量と言って顔を紅潮させた名木副審の姿が印象に残っています。このセットは2012年のロンドン五輪にも参加していた、JFAの切り札です。
西村は5年連続のJリーグ最優秀主審賞という実績も得て、2月から行われる主審候補者へのセミナー参加に臨みます。
さて、チームの方の日本代表は今回が5大会連続で5回目ですが、日本人審判はもう少し早くW杯に登場しています。最初は丸山義行が1970年メキシコ大会で副審となり、次に高田静夫が1986年メキシコ大会と1990年イタリア大会で初の主審となりました。1998年には岡田正義がフランスで、そして2002年と2006年には上川が日本とドイツで主審として笛を吹いています。
これは調べればすぐ出てくるのですが、もう少し面白いデータがないかと思い、RSSSFをベースに英語版ウィキペディアも活用して、この5大会分の主審を調べてみました。本当は副審(以前は「線審」)も調べ、さらに高田が出場した1986年からも見るべきですが、今回はごめんなさい。
☆2006年の「逆風」を超えて
では、5大会の主審がどの大陸から来たのかを見てみましょう。
<図1> 1998-2014年W杯各大会の大陸別主審数(人)
<図1>を見ると、2006年のドイツ大会で4割近く減っているのが分かります。これは2002年に判定に絡んでいろいろな問題が指摘され、FIFAがその対策を迫られたという背景があります。
一つ、公式に発表された改革は、それまでは主審は主審(試合により第四審判)、線審は線審として各大陸から選ばれ、試合ごとに組み合わされていたのが、ドイツ大会以降は「主審+副審2名」のセットとして選出され、どの試合でも一体となって判定するという方式に変わりました。もちろんこれは審判間のコミュニケーション向上という目的があり、ブラジル大会でも採用されています。
もう一つの「非公式な改変」は<表1>ですぐ分かる、審判の大陸別構成の見直しです。アベランジェ時代の「世界化」路線に従って、審判も各地の大陸から幅広く招かれるようになっていましたが、特に2002年の日韓大会では「質の差」が指摘されました。その結果、「新興地域」のAFC・CAF・CONCACAFからは5人から2人へと一気に減らされました。結果として、1人しか減らなかったCONMEBOLの比率が17%から24%へと高まっています。 ……あれ?モレノってエクアドルですよね……?
この厳しい選考を上川はシンガポールのシャムスル・マイディンとともに勝ち抜き、2大会連続で主審を務めました。2002年には「開催国枠」というやっかみも有り得ましたし、実際に日本での開幕戦のみの担当で終わりましたが、2006年の選出は文字通りの実力です。この時はもともと21人(セット)しかいないので、グループリーグで2試合を吹くのは自然な成り行きでしたが、そこで安定した判定をしたので、3位決定戦の担当を自ら引き寄せたのでしょう。
☆「滑り込み出場」組の明暗
次に、過去5大会通算での出身国別審判延べ数をご覧下さい。
<表1> 過去5大会通算の出身国数審判延べ数
注:太字は1大会に2人の審判を送った事のある国。
5大会合計では63ヶ国から集まった145人の主審が試合を担当しましたが、<表1>の通り、その内訳にはばらつきがあります。途切れずに5人送り込んでいるのは南米や欧州のビッグネームばかり。やはりこの辺が世界のトップクラスというのが、実際の試合結果以上に良く分かる構図です。
しかし今回は、本大会出場をギリギリで決めた「常連国」で主審選出の当落が分かれました。あと数分でパナマにプレーオフ出場すら断たれる所だったメキシコでしたが、審判では7つのCONCACAF推薦枠から2人を送り、マルコ・アントニオ・ロドリゲス・モレノが選ばれました。今回の29人中、3大会連続で担当するのは彼だけです。メキシコは2006年と2010年にはロドリゲスとベニート・アルチュンディアの2人が選ばれ、アルチュンディアは3位決定戦の担当でW杯主審が通算8試合で最多タイとなるなど、北中米地域での圧倒的な存在感を今でも見せています。
一方、プレーオフでウクライナ相手に0-2から逆転したフランスでしたが、2010年に続く出場を目指したステファヌ・ラノワがFIFAの選考で落ちてしまいました。これでフランスは、ウルグアイ以外のW杯優勝国が集まっていた「5人クラブ」から脱落です。競技力の低下が指摘される中、こういう実務面での後退の影響が気になります。
メキシコと似た状況なのが、オーストラリアとニュージーランドです。FIFAはOFCから1人を主審に指名し、これが2006年まで3大会連続でオーストラリアから選ばれていました。2010年にオーストラリアがAFCに移籍すると、今度はニュージーランドがOFC枠を獲得、しかも今度は2人でした。一方、オーストラリアは2010年に審判を送れませんでしたが、2014年には初めてAFCの枠でベンジャミン・ウィリアムスを送りました。
☆「運営力」と「競技力」の両立
この<表1>から、「主審」と「代表チーム」が同時出場した大会の数を国別に見る事ができます。
<表2> 過去5大会での「主審」と「代表」同時出場回数
<表2>を見ると、上で触れた「W杯優勝国=5人クラブ」がそのまま5大会でフル出場し、ここからフランスが一歩下がったのが改めて分かります。また、CONMEBOLへの割り当てが多いせいもありますが、二強を追う南米の中堅国も確実に同時出場の回数を重ねています。ただ、ウルグアイはホルヘ・ラリオンダが2010年大会でアルチュンディアと同じく主審担当試合のタイ記録を作りましたが、その8試合目があのイングランド-ドイツ戦で……。
そんな中、日本は5大会連続で主審と代表チームの同時出場を果たしました。2002年に上川が守った光を2010年に西村が引き継ぎ、自分の手で2014年までつなげました。記者会見で上川は「FIFAの審判委員会でも日本人審判員は高い評価と信頼を受けている」と胸を張りましたが、ただの自慢ではない事は、実績が証明しています。
☆「頂点」への強力なライバル
さて、こうなってみるともう一つの期待がかかります。上川も口にしたように、「決勝戦を吹けるのではないか?」、です。
決勝戦の主審についてはこんなデータがあります。
<表3> 今までのW杯決勝戦主審の各種データ
1930年、欧州の有力国が多く参加しなかった第1回のW杯でも、決勝戦の笛を吹いたのはベルギー人でした。以後、<表3>のように10回連続で決勝戦はUEFAからの主審が担当していました。これが崩れたのは1982年スペイン大会でブラジル人のアルナウド・ダヴィド・セザル・コエリョが担当した時で、ここから3回続けて南北米大陸から主審が出ました。その後は、大会ごとにUEFAと非UEFAの主審が登場しています。
そうすると、2014年のブラジル大会は、前回に担当したハワード・ウェブ(イングランド)がいるUEFAではなく、それ以外からではないかと思うのはそんなに外れていないでしょう。そして、それはまだ決勝戦に届いていないAFCから……という期待が膨らみます。2010年大会の決勝では西村が第4審判でしたが、主審としては1998年にUAEのアリ・モハメド・ブジザイムが準決勝のブラジル-オランダ戦を裁いたのが最高です。
しかし、Qolyの読者の皆さんなら当然思い浮かぶ名前がいるでしょう。そう、ラフシャン・イルマトフです。
<表4>西村とイルマトフの比較
※開幕戦を含む。GLは「グループリーグ」の略。
<表4>の通り、西村の方が1大会分と少し年上ですが、国際実績は良く似ています。AFCから2大会連続で選出されたのは西村とイルマトフだけですし、ロンドン五輪の男子競技に派遣されたAFCの主審はこの2人とオーストラリアのベンジャミン・ウィリアムス、そして去年のコンフェデでブラジルに行ったのは西村とイルマトフでした。
FIFA referee from Uzbekistan Ravshan Irmatov will officiate #ACL2013 final first leg match in Seoul on October 26. pic.twitter.com/aQLInxvZVX
— Uzbekistan FF (@UzbekistanFF_en) 2013, 10月 3
しかし、客観的に考えると、どうしても若干イルマトフが先行しているように見えます。AFCでの4年連続最優秀主審は大きなアドバンテージで、南アフリカW杯でもブブゼラがけたたましかった開幕戦の南アフリカ-メキシコや準決勝のウルグアイ-オランダといった重要な試合を吹いています。ただ、五輪やコンフェデ杯での扱いを見ると、西村にも十分な可能性が残されています。
もちろん、日本代表が決勝に進めば、西村が吹く事はありません。まさにこれが2011年のアジア杯で、オーストラリアとの決勝戦はイルマトフが担当しました。16日の記者会見でもこの話になり、「もちろんそうなったら素晴らしいですね」と上川も西村も笑顔で答えていました。ウズベキスタンはAFCプレーオフでヨルダンに敗れているので、その可能性はもうありません。
しかし、もしザックジャパンがどこかで敗れたら……。7月13日、超満員の観衆が見つめるマラカナンのピッチの中央に立つのは、西村か、イルマトフか、あるいは他の主審か。日本サッカーのもう一つの夢が叶うか、こちらにも注目です。
☆クイズ・「どちらか」はどこ?
では、今回のクイズはこのデータから。
日本や欧州・南米の強豪国などは、フランスからブラジルまで5大会連続で主審と代表チームの両方を本大会に送っている事は見ていただいた通りです。ところが、集計データを見ていると「不思議な国」が一つありました。つまり、代表が本大会に行くと審判は選ばれず、逆に代表が予選で敗退すると審判がW杯で笛を吹く、これが5大会続いた国が1つだけありました。こんな、「どちらか」しか出られない国はどこでしょう?
調べれば分かりますが……大変でしょうね。でも、ある程度の推測はできるのではないでしょうか。皆さんのお答えを、コラムのご感想と共に、お待ちしています。
筆者名: 駒場野/中西 正紀
プロフィール: サッカーデータベースサイト「RSSSF」の日本人メンバー。Jリーグ発足時・パソコン通信時代からのサッカーファン。FIFA.comでは日本国内開催のW杯予選で試合速報を担当中。他に歴史・鉄道・政治などで執筆を続け、「ピッチの外側」にも視野を広げる。思う事は「資料室でもサッカーは楽しめる」。
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