カルロ・アンチェロッティは、相手にするには厄介なイタリア人監督だ。彼は、ジョゼ・モウリーニョやディエゴ・シメオネのように鋭利な刃物を潜ませて相手の隙を狙う暗殺者のようには見えない。ユルゲン・クロップのように、人の良さそうな空気を纏う指揮官でありながら、彼の武器となるのは毒だ。イタリア仕込みの巧みな戦術と豊富な経験で、遅行性の毒を仕掛けて相手に気付かせることなく勝利を奪い取る。近年の彼の試合運びを見ていると、相手からすれば気づいたときには既に取り返しのつかない盤面が目の前に残っているような、そんな印象を持つ。

ペップ・グアルディオラが育て上げた、「カタルーニャの血脈」と「ゲルマン魂」が融合したバイエルン・ミュンヘンに対しても、カルロ・アンチェロッティは見事に毒を盛ってみせた。百戦錬磨、ジョゼ・モウリーニョと並ぶ世界一の指揮官を前にしても、何一つ怯むことなく。試合前、アンチェロッティは会見において「戦術的な要素よりも心理的な要素を重視したい」と語った。しかし蓋を開けてみれば、1stレグでの研究を生かしたであろう緻密な戦術が仕組まれていたのだ。

アンヘル・ディマリア、ギャレス・ベイルといった機動力の塊をサイドに置く布陣は、クラシコを観た者であれば皆が「カウンターが危険だ」と感じるはずだ。勿論この布陣はカウンターにも機能したのだが、最も恐ろしかったのはこの布陣が水面下で「バイエルン・ミュンヘンの攻撃を機能不全に追い込んだ」という側面である。では、詳細な説明に入るとしよう。

ベンゼマとクリスティアーノ・ロナウドの2トップというのは一見大きなリスクだ。バイエルンやバルセロナのように圧倒的なポゼッションで攻めるチームには、サイドバックを封じながら守備を増やすために、実質中盤が5枚となる3トップでCFだけを前線に残すのが定石である。しかし、これこそが毒だった。バイエルンの選手達は「リードしているのに攻撃的に来てくれた」と内心喜んだことだろう。しかも、2トップはそこまで守備に奔走しない。ASローマのポゼッションに対抗するためにテベスとジョレンテでボランチを見るような闘い方を選ぶかと思えば、そういう訳でもなかったのである。こうなればサイドバックを中心に枚数で攻め崩せる、と思ったバイエルンの体内には毒が既に入り込んでいた。

端的に言おう。レアル・マドリードの狙いは「攻撃を単純化させる」ことであった。ユップ・ハインケスの時代からバイエルン・ミュンヘンの最大の武器は変わらない。リベリーとロッベン、2人を同じサイドに回した破壊的な攻撃だ。それに付随して繰り出されるミュラーやマンジュキッチの飛び込みやサイドバックとの絡みも考えると、この攻撃を防ぐのは簡単ではない。ハインケス時代と比べるとこのパターンを仕掛けることは減ったようにも思えるが、その代わりとしてゲッツェ起用時は彼がサポートに回るなど枚数を上手くかけることでロッベンとリベリーを働かせることは大きなカギとなっているのは間違いない。

リベリーとロッベンが近い位置でプレー出来なかったマンチェスター・ユナイテッド戦の1stレグ、あのロッベンが守備を得意とする訳ではないギグスに止められ続けたように、トップレベルにおいてドリブラーは1人では本当の脅威とはなれない。2ndレグも、彼らが近い位置でプレーする場面が見られ始めてから攻撃は一気に活性化。それを警戒させることによって、離れた状態での仕掛けも生きていた。

レアル・マドリードは1stレグの結果から、それを完璧に理解していた。ロッベンとリベリー、バイエルンの最高の武器を分断してしまえばいいのである。それさえこなせれば、熱くなりがちな2人は強引な突破に終始し、特にロッベンは罠にかかるように張った網に飛び込んできてくれる。他のチームであれば、それでも網を破壊されるかもしれないが、レアル・マドリードにはそれは通じない。動画1分54秒のような絡みが増えれば、バイエルンにもチャンスは増えていたはずだ。そのために、2トップがこなした仕事はシンプルに1つ。まるでカウンターの準備をするように見せておいて、ボランチにボールが渡ったタイミングでCBへのコースを切るために高い位置に出ていくことだ。

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これによって、ボランチからの後ろへのパスコースは分断される。特にスピードに優れたロナウドにバックパスを奪われたりすれば致命傷だ。出来ればそこを避けたくなるし、ボランチへのプレッシャーは少ない。結果的に時間をかけずに前にボールを入れていくようになり、「組み立て直し」が難しくなるということだ。そうなると、レアル・マドリードがカウンターを仕掛けやすいだけでなく、バイエルン・ミュンヘンが密集を作るようにポジションチェンジをしながら連動する時間が奪われることになる。かつ、後ろでゆっくりとボールを持つ時間はバイエルンのアタッカーにとっては「落ち着いて崩しについて考える」時間だ。上手くいけば、コミュニケーションを取って次の動きを仕掛ける余裕もあるだろう。それが奪われたことはバイエルンの攻撃を単純化させた。GKのノイアーも、本来は組み立てでボールを触る機会が多い選手だ。しかし、ボールに触れる機会が少なかったことが明らかに彼のリズムをも崩した。動画でも彼の危険な飛び出しは見られるが、組み立てで適切な距離をDFと保ち、いつものようにボールを触れていれば防げたことのようにも思える。それだけではない。密集からのプレスを得意とするバイエルンにとって、距離感を崩されていくのは守備でのミスに直結する。指揮官ペップも試合後に「上手くボールを持てず、守備も悪くなってしまった」と語ったが、それはDFラインでの組み立てを封じられたことに起因していたのだ。

DFラインがボールを触らせて貰えなかったことはデータからも明らかだ。Whoscoredによれば、ダンテのパス成功数は55本。ボアテングに至ってはたった33回であった。1stレグと比べれば違いは歴然。ダンテは71本、ボアテングも59本を記録している。逆にボールを持たせて貰えたトニ・クロースは2ndレグの方が12本多いパスを記録している。

勿論全てのチームがこの戦術を遂行出来る訳ではない。ジョゼ・モウリーニョから受け継がれたレアル・マドリードの守備は世界一を名乗れるほどに緻密で、モドリッチは中盤で容赦なく相手の動きを封じ続けた。選手達が完璧なパフォーマンスを披露したことは確かだが、その裏にはカルロ・アンチェロッティが仕掛けた毒の存在があったのだ。知らず知らずのうちにリズムを狂わされ、気づけば3点のビハインドを背負う。最大のライバル、ジョゼ・モウリーニョとも違い、ドイツにおける最高の敵ユルゲン・クロップとも違うカルロ・アンチェロッティの戦術は、研究者気質のペップ・グアルディオラの目には面白いものに映ったかもしれない。来季、どこまでバイエルンがCLで勝ち進むことが出来るのか。三冠を達成した戦力は残っているし、世界最高の研究家の手腕にも疑いの余地はない。それでも、彼の前に立ちはだかる指揮官とチームは残っている。これだからフットボールは面白い。

決勝にも毒を仕込む用意を始めるだろう用意周到な指揮官カルロ・アンチェロッティと、レアル・マドリードの決勝戦にも注目だ。全ての選手が最高の状態にあるほどに仕上がった銀河系集団は、アトレティコとチェルシーのどちらが上がってこようと本命と見られるはずだ。アンチェロッティが毒を盛ろうとも、シメオネやモウリーニョも様々な暗器を仕込んで致命傷を与えにくるだろう。全力の作品を作り上げる芸術家気質のグアルディオラとは違う魅力を持つ、謀略と心理戦が渦巻く決勝戦も楽しみだ。(編集部注:日本時間の本日早朝に行われたもう一つの準決勝は、シメオネ監督率いるアトレティコがチェルシーを逆転で下し決勝進出を決めました)


筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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