スペイン人の設計図

「スペインはぬるかった」と、かつてのクリスティアン・ヴィエリは言った。“武者修行”と称したリーガ・エスパニョーラへの旅は、わずか1年で終了。彼はいとも簡単にビセンテ・カルデロンのヒーローの座を射止め、カルチョシーンに舞い戻った。24試合24得点というのが、彼の残したスタッツであった。

“お国柄”という表現が正しいものかはわからないが、それが以前のプレミアリーグには確実に、色濃く存在していた。“プレミアに馴染めるのか”というニュアンスの言葉はまだ存在するが、過去に比べて本質的な意味を失っているように思える。前置きで触れたクライファートのセント・ジェームス・パークでのキャリアは、お世辞にも成功したとは言えず、あの“スーパー・デポル”の若きアタッカーであったアルベルト・ルケも同様の評価で異論はないはずである。眩いまでの才能を開花させ、鳴り物入りで入団したホセ・アントニオ・レジェスですらアーセナルで活躍出来なかったとき、私は「ああそうか…」と、イングランドの“特異性”をしみじみ感じていたものである。逆もまた然り、イングランドからスペインに渡り、活躍したプレーヤーを私は数多く見てきた。しかし今回お話したいのは、クリスティアーノ・ロナウドやルート・ファン・ニステルローイ、ルカ・モドリッチのような、既にスーパーな選手の事例ではない。ディエゴ・フォルランがリーガの得点王になること、ジュゼッペ・ロッシがベストストライカーの仲間入りを果たし、ジェラール・ピケが世界最高のセンターバックになることを、予想するのは困難を極めたはず、ということである。彼らはいずれも非凡な才能の片鱗は見せていたが、スペインに渡るとすぐに、1年目からベストの存在になった。カルロス・ベラのラ・レアルでの活躍が、近年のそれのもっとも顕著な例であろう。

このように(例を挙げればきりがないが)、昔のイングランドとスペインの間には“相性の善し悪し”が確かに存在していた。では近年の状況はどうだろうか。考えるまでもなく、リーガ出身のスペイン人プレーヤーはプレミア各クラブで目覚ましい活躍をしている。単にリーガのレベルが上がったとも形容できるであろうが、これを私は、プレミアリーグの“ウィンブルドン現象”の産物であると考えている。彼らによって、現在のプレミアリーグの完成図は描かれたのである。そしてそれが、“キック・アンド・ラッシュ”と広く呼ばれる、イングランド特有のフットボールに変化をもたらしたのではないか。