そして青森山田高は逆境に強い。劣勢であっても粘り、耐えて最後に笑う。

今季の町田もまたピンチになっても、粘り強くゲームを進めて勝利を手にしてきた。

そこには黒田監督の優れた慧眼に理由がある。凱さんが高校のとき、試合で追い詰められたときに名将は選手たちに何を語りかけたのか。

「慌てて自分たちのサッカーができない状況は、早くゴール前にボールをつなげてシュートまでいきたいというメンタルになる。

そうなったら(父は)『もっと行けよ』という声じゃなくて、一度(選手を)落ち着かせて平常心になるまでメンタルを持っていく。

自分たちには力があるから、いつも通りのサッカーをするように気持ちを落ち着かせる声かけを(父は)していました。慌てさせない。常に自分たちを信じていました」

愚将は追い詰められれば、追い詰められるほど選手に罵声を浴びせて、より状況を悪化させる。これは少年サッカーから大学サッカーを取材していて、未だに見られる悲惨な光景だ。

だが黒田監督は選手を信じて、心の揺らぎを見抜いて落ち着かせる。それが選手にとってどれだけ心強いか。

選手心理に寄り添い、冷静にアドバイスを伝える。「黒田監督はきびしい」とよく先行しているイメージを耳にするが、きびしさの中に優しさと冷静さがあるから多感な時期を過ごす高校生たちも同じ目的へと歩調を合わせて進むことができる。

舞台はプロになってもマネジメントの本質は変わらない。選手を信じて、全員でその目標へと向かう。短期間で町田を戦う集団へと導けた理由はそこにある。

そして選手の信頼を勝ち取る理由の一つに選手への思いやりやリスペクトが挙げられる。

青森山田高監督時代はきびしいイメージを持たれがちな黒田監督だが、練習後やオフでは冗談をいう場面もあったという。凱さんは「練習終わりに選手とコミュニケーションを取るとき、ちょっとボケたりとかはありましたね」と明かす。

慣れ合うわけでもなく、突き放すわけでもない絶妙な距離感を常に保つ。青森山田高OBに黒田監督の印象を尋ねると「きびしい言葉をたくさんかけて頂いたけど、それと同じぐらい思いやりのある言葉もかけて頂いた」と振り返る選手は多くいる。