オニェウがまるでスーパーマンのストーリーと呼ぶような奇跡的な回復をみせた後、フランスに戻ってトレーニングを続けると、事故から6ヵ月半後にはグランドでチームメイトと練習できるまでに到達。だが、待望論もあったワールドカップのメンバー入りは叶わず、彼自身もソショーのリザーブリーグでのプレーに苦しんだ。

さらに、事故から1年経った2010年10月には制限速度を大きく上回るスピードで高速道路を走行したとしてフランス国家警察に検挙され、免許証を剥奪された。のちに運転者はデイビスではなく、チームメイトのジャック・ファティであり、免停中だったファティはパニックを起こし、デイビスに身代わりを求めたことが判明したのだが。

この騒動の直後、ボルドー戦で久々にトップチームのベンチ入りを果たすが、結局ソショーでの復帰はならなかった。大怪我からの復帰という心身に掛かる重圧や早期復帰が成らなかったもどかしさに彼が苦しんでいたことは想像に難くない。

そして、2011年も2ヶ月が過ぎた時、プレー機会を得るためにD.C.ユナイテッドへのローン話が浮上。D.C.ユナイテッドの本拠地は彼が事故に遭遇したあのワシントンにある。皮肉ともいえる繋がりについてはこのように語った。

「大きな事だとは思うけど、あの夜過ちを犯したのはこの街ではなく自分だ。あんなことがあった後も、サポートしてくれる(ワシントンの)ファンの情熱は言葉にできないよ。彼らの前でプレーできるチャンスを是非ものにしたい。(ヨーロッパに戻ることは考えになく)いまはここでのプレーしか頭にないよ」

この移籍にはデイビスの回復状況(プレーレベル)だけでなく彼のもたらす経済的な恩恵を含め懐疑的な目も向けられたが、トライアル中のプレシーズンマッチでの活躍で自らその疑念を振り払った。その結果、D.C.ユナイテッドへのレンタル加入が正式に決定した。

そして、迎えた19日のMLS開幕戦。彼にとって母国リーグでのデビュー戦ともなる一戦でまさに劇的な復活劇を遂げた。PKのシーンではキャプテンのダックス・マッカーティーを「Listen, I need this, I want it」と説き伏せ、キッカーを手にした。

ヒーローになった24歳のFWはこのように語り、思わず感極まるシーンもあった。

「(復帰という意味では)ゴールラインを切ったけれど、それと同時にもうひとつのレースがスタートした。ただそれは越えることのできる山でありハードルだ。でも、本当の旅はいま始まったばかりさ」
「みんなのサポートはとても感動的で、再デビュー戦での2ゴールはスペシャルだ。全てを乗り越えここに至るまで、1年半待った。感動的で、神様に感謝しなければならない。サポートしてくれた全ての人たちに感謝したい」

試合後インタビュー

むろん、まだかつてのフォームを完全に取り戻したわけではないが、これからも彼のプレーを見続けることに意味があるように思う。

体に刻まれた傷と同様に心に負ったダメージも一生消えることはないかもしれない。亡くなられた女性のことを含め、自問自答を続ける日に終わりはないかもしれない。ただ、これは彼自身も述べていたことだが、瀕死の重傷からの復帰を成し遂げ、ピッチ上で躍動を続けることで、同じような状況にある人々に勇気を与えることができるはずだ。それは限られた人間にしかできないだろうし、経験者であるデイビスにしか伝えられないこともきっとあるに違いない。

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