ロべルト・マルティネスの挑戦 ―ウィガンは革命の旗頭になり得るか?-

ウィガンが、パズルみたいな不思議な守り方をしていて、個人的にとんでもなく興味をひかれた。正直、数試合見ないと何が起こっているかが理解出来ないほどに複雑で難解なものだったのだが、久しぶりに“挑戦しているフットボール”に出会って大きな喜びが生まれた。現在はまだ、その挑戦が結果には結びついていないが、素晴らしい可能性を秘めていると私は考えている。今回はそれについて分析していきたいと思う。

ウィガンを率いるのは37歳の青年監督、ロベルト・マルティネス。今季プレミアでサプライズを起こしているスウォンジーの基礎を作った監督と言われており、パスサッカーを好むスペイン人指揮官である。攻守にスピーディーなプレミアにあって、ある意味異質なフットボール観を持っている彼が作り上げようとしている守り方とは、どんなものなのだろうか。一見、ただ意味も無く引いて5バックになっているようにも見えるが、実際は意図が隠れている。

まずは、相手が左サイドから攻撃してきた時の4-4ゾーンでの普通の守り方を見てみよう。通常は、図のような形となる。

さて、これがウィガンの場合はどうなっているのだろうか。ウィガンの場合は、このような形だ。

その違いがおわかりだろうか。ウィガンの守り方は、全体が極端にボールサイドに寄るのである。

一見5バックに近い雰囲気があるほど極端に寄り過ぎているが、5バックであれば、逆にいるSBはもう少しカウンターの意識を持ってもう少し高い位置をとる事もあり、「5バック」とカテゴライズするのは難しいだろう。さらに言えば、このケースは、LSBとCBが2人で中央に3バックを作っているような形になっており、典型的な5バックとは異なる。

つまり、ウィガンは、(数字上)3バックの時でも、4バックの時でも守備時には同じ形を作り出しているわけだ。ここでは、便宜上ポジションを表記してあるが、ウィガンでは流動的にこの陣形を取る。残っている選手がこのような形を描くように動くのである。

また、特質すべきはボールサイドにおけるDHの位置である。この選手の位置が、マルティネスがやろうとしている事を読み解く大きな鍵になるのだ。いったん、次の図を見ていただきたい。

これは、ニアゾーンと呼ばれるエリアの攻略法を表した図である。

このゾーンの攻略は、プレミアやスペインなどにある多くのトップチームが得意としており、図にあるようにFWが流れてきてボールを受けたり、もしくは中盤の選手がこのスペースに飛び込んできたりする事で大きなチャンスを演出する。このスペースを使うことのメリットとしては、CBとSBの間のスペースであり、DFの対処が遅れやすい事に加え、エリア内であるためDFが躊躇する事が多い事、そしてCBがカバーリングに来る事によって中に飛び込むスペースが生まれやすい事などがあげられる。屈強なCBが待ち構える中央で戦うより、ニアゾーンに飛び込む事のほうが、テクニック系の選手にとっては得策なのだ。

プレミアの代表的なチームでみると、リバプールのルイス・スアレス、マンチェスターシティのセルヒオ・アグエロとダビド・シルバ、アーセナルのロビン・ファン・ペルシーといった選手たちがこのスペースでのプレーを好み、特にルイス・スアレスやロビン・ファン・ぺルシーはこのゾーンでのプレーを得意としているイメージが強い。

こういったゾーンで仕事をされる事を防ぐために、ウィガンは選手をニアゾーンに置いているのではないだろうか?

それを踏まえて、図示するとこのような感じとなる。

DHの選手が、ニアゾーンを封じることによって相手のFWは中央で勝負する事を求められる。そうなると、3バックによって中央を固めているウィガンにとっては“組み易い状況”が出来上がる。このようにして、ウィガンは上手く相手の攻撃を誘導しようとしているのだろう。

では、ここからはウィガンの問題点に移ってみることにしよう。

このスタイルでは、図で表記したように逆サイドのアタッカーには広大なスペースを与えてしまうことになる。実際、トッテナムとの試合はギャレス・ベイルによってこのスペースを引き裂かれた。何故かLSBが相手のFWについてしまっているため、逆サイドのアタッカーを封じる術が皆無に等しいのである。また、中央が密集し過ぎてしまうことで、誰が相手に当たるのかが中途半端になってしまう場面も多く、カウンターを受けた時も、先にこの形を作ろうとし過ぎるあまりに危険な場面になることが多い。

さらに言えば、どうしても能力的な面でビッククラブの選手には見劣りしてしまうという解消しきれない問題点がある。特に、しっかりと守っているはずのバイタルエリアで軽くかわされてしまう点について今後修正していかなければならないだろう。実際、トッテナム戦では、ベイルとモドリッチの個人技に手を焼いていた。

しかし、私は、ウィガンの手法自体には大きな可能性が秘められていると思う。

密集を作ることによって上手くレベルの差を埋めるというのは、フットボールにおけるセオリーである訳で、このようにニアゾーンを封じることによって“やり難さ”を感じるチームは間違いなく存在する。プレッシングの質が向上すれば、さらに恐ろしい守備になるのではないだろうか。

とにもかくにも、彼らの守備で面白いのは、甘くなるだろうと思われたスペースに何故か人が現れたりすることだ。パズルのように流動的に空いた穴を埋め続けるそのスタイルは、全く質は違うものの、何故かビエルサが率いたチリ代表を思い出させる。

では、ウィガンの守備をより良いものに変えるには、どんな術が必要になってくるのだろうか。

まずは逆サイドをケアするためにLSBの位置を動かすべきだろう。中を固める意識は確かに重要だが、CBがしっかりとCFを見る形にしても恐らく守備力自体はそこまで低下しないと思われる。

「LSBは、カバーリングと逆サイドに展開された時に困らないようにポジショニングを取り、また、ニアゾーンを封じる位置にいる選手はバイタルエリアにボールを展開された場合、意味の無いプレイヤーになってしまいがちなので、その時は中央の守備に参加する」という約束。言い替えるならば、4‐3ゾーンと5‐2ゾーンを上手く併用すれば解決できるのではないだろうか。

これによって、上手く敵の攻撃を誘導し、バイタルでボールを奪い取るか、中に放り込ませてしまうシチュエーションの生み出しがより可能となり、相手の攻撃を限定的に出来るはずだ。

もちろん、プレッシングの質の向上も間違いなく必要だろう。勝負所では、複数の選手で上手く囲みこんでボールを奪取しなくてはならない。ウィガンの守備で大きなポイントになるのは「限定」だ。守っている方が先手をとって、相手の使いやすいスペースをあらかじめ殺す。それによって、敵の攻撃を読みやすくするのだ。いかなるチームでも、切る方向を決めることによって相手を誘導する事はあるだろう。ただ、ウィガンのように一見意味の無いスペースに人をとりあえず置いてしまう、というのは非常に珍しい発想だ。やり方としては5バックからヒントを得たのかもしれないが、この考えは、オーソドックスな4バックを敷く、トッテナムやマンチェスター・ユナイテッドが苦しみ続けているSBとCBの間のスペースの問題の解決策に一つのヒントを与える事になる可能性もある。

まだまだ、謎が隠れているような気がしてならないウィガンから私は目が離せないだろう。今回は引いた場面での守り方だが、相手の組み立てを阻害するために“前プレ”を使っていたりもするのだ。願わくば、このフットボールが出来上がる前に降格しない事を願いたいと思っている。

※選手表記、チーム表記はQoly.jpのデータベースに準拠しています。

※フォーメーション図は(footballtactics.net)を利用しています。

筆者名 結城 康平
プロフィール サッカー狂、戦術オタク、ヴィオラファンで、自分にしか出来ない偏らない戦術分析を目指す。
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