変われる強さ、変わらぬ想い~羽ばたき始めた香川真司~
マンチェスター・ユナイテッド。サーの称号を持つ男が作り上げた20年を超える歳月を捧げて作り上げたそのチームは、そのシンボルカラーである赤のように情熱的に燃え上がるようなイングリッシュプレミアリーグを体現したようなチームである。彼らは上手いだけではなく速く、身体のぶつかり合いにおいて決して引かない。あのデイヴィッド・ベッカム、クリスティアーノ・ロナウドのようにクールな伊達男といったイメージの選手たちですらハードワークやフィジカルのぶつかり合いを厭わなかった。そして、現在マンチェスター・ユナイテッドの文字通り大黒柱となるウェイン・ルーニーが愛される理由もその汚れ仕事さえも問題なくこなすタフネスと身体的強さからである。逆に、単なるテクニシャンには冷たいそのチームカラーの赤は、セバスティアン・ベロンやディエゴ・フォルラン、クレベルソンといった選手たちを容赦なく葬り去った。また、「第二のロナウジーニョ」と呼ばれたアンデルソンもフィジカルを強化され、今やハードワークをこなせる中盤の守備的な役割と化している。
閑話休題。前置きが長くなってしまったが、今季からこのビッククラブに加入した香川真司はどうだろうか。ドイツでは、その俊敏性と高いテクニックでセカンドストライカーとして別格の存在感を放った彼であるが、今季は初挑戦となったプレミアリーグで苦しんでいる。今回のコラムでは香川が苦しんでいる原因と、彼がどのような工夫をしながらマンチェスターユナイテッドというチームで自分の居場所を作り上げようとしているのかを考えていきたい。
彼の得意とするプレーは、簡単に言えば「一手先」を読むプレーではなく「二手先」を読むプレーである。ドルトムントのリズミカルな崩しを中心とするサッカーに慣れていく中で、彼は崩しを読みながら一歩先に動き出す力を身に付けた。その力があるからこそ、比較的小柄でありながらドルトムントにおいて地位を確立することが出来たのである。「一歩先」に動き出すことこそが香川と一般的な選手を分けている差なのだ。ひとつ得意とする形の例を見てもらおう。
左サイドでサイドハーフがボールを持った時、香川はゆっくりとワンツーを貰える位置へと入っていく。ここでは、そこまでスピードを上げずに入っていくのが香川の工夫だ。なぜなら、これはあくまで「二手先」を読んで仕掛ける餌に過ぎないからである。
香川がワンツーを意識させに入っていくことで、右SB、CB、DHの注意は若干であっても香川に向く。そしてSHはオーバーラップで上がってきたSBをシンプルに使う。こうするとどうなるか。相手DFは後ろ向きに戻りながら、CFへのクロスに対応することになる。
こうなると瞬間的に香川に対応していたCBはCFがニアに入ってきた時のことを考えて下がっていってしまう。最初に香川についていたボランチも自分の仕事としてゾーンを守るべきか香川についていくかが曖昧になることが多い。後は、一歩遅れて入っていくことで、簡単にフリーでシュートを打つことが出来るという訳である。
後ろ向きで走りながらの対応になることも多いため、この状況になるとDFは遅れて入ってくる香川にとっさに反応しづらい。ボランチも場合によってはエリア内に流れてくる相手の中盤へ意識が向くことも多いため、なかなか香川に追いつくことは難しい。
更に言えば、香川はスピードを「二手目」の時に急に上げるため、守備にとっては対処が困難である。これはあくまでも一つの例であるが、このように香川の武器となるのは「二手先」を読むことによって守備が反応出来ないタイミングで動き出すことなのである。
では、マンチェスター・ユナイテッドではどうなのだろう。彼らのサイド攻撃はより直接的だ。ロビン・ファン・ペルシーとルーニーという二大エースに加え、動き出しではその二人にも勝るとも劣らないチチャリートを擁する彼らにとっては、こういった工夫はあまり必要がないのが現状である。香川が囮になろうと一手目で入ってきた時にボールが足元に入ってきてしまったりする場面も見られるくらいだ。どちらかといえば、早い段階でボールを入れることを優先すれば中での工夫によって彼らの得点は生まれてくるのである。そういったサッカーをチーム全体でやろうと意識しているが故に、両サイドハーフと両サイドバックにはスピードがある選手を起用している訳だし、彼らはトップスピードでドリブルしながら中のFW陣に合わせられるクロス技術を持っている。
更に、ドイツ以上にコンタクトが激しくエリア内で身体を投げ出してくるプレミアの守備陣はなかなか足を止めない。明らかに香川がフリーになれるタイミングで上手く飛び込んでも、後からの反応で無理やりコースを防いでしまうような選手すら多い。そうなると香川の、得点能力はなかなか生かすことは出来ないのが現状である。そして、フィジカルでの競り合いを不得手とする香川はルーニーのようにファンペルシーと近い位置で起点になりながら、パス交換するようなプレーも難しい。では、どうやって彼はマンチェスターユナイテッドで生き残ろうとしているのだろう。
ここ2試合のリーグ戦であるリヴァプール戦とトッテナム戦に先発した香川は、また別のアプローチでルーニーの代役を果たそうとした。ウェルベックをサイドハーフに起用したことによって、中に入っていくフィニッシャーの役割はウェルベックとファンペルシーがある程度こなしてくれる。そう考えた香川は、新たなアプローチでチームに貢献する。
香川は図のようなポジションで縦パスを積極的に受け、DHとSB、SHからのプレスを誘う。フィジカルコンタクトを得意とするプレミアの選手たちが奪いどころと見てプレスに来たところで簡単に叩く。こういった香川の動きによって、相手の守備を中央寄りに動かしてサイドに展開することによってサイド攻撃はより活性化。中央に君臨するファンペルシーのマークは、中央に走りこむウェルベックによって軽減することで、香川を起点にしたサイド攻撃によって2試合で2得点を奪い去った。
つまり、香川はチームの為に自分を囮にすることを選んだのである。実際、その意図をトム・クレヴァリーやマイケル・キャリックは良く理解しているようで、香川は現状起点的な役割に変わりつつある。香川がキャリックからの縦パスを受け、落としたところをクレヴァリーが逆サイドへ。サイドを個人で崩して中にはファンペルシー。こういったルーニー不在時のスタイルが現在少しずつ出来上がりつつあるのである。ルーニーはある意味、その脅威となる能力で守備を引き付けることでサイド攻撃を助ける。香川は逆に相手が、自分を取りどころだと考えていることを利用してサイド攻撃を生かすことを試みているのだ。
恐らくだが、香川の代名詞であったエリア内に飛び込んでのプレーは減るだろう。派手な得点シーンは減り、香川ファンはバレンシアやヤング、ウェルベックといった選手のシンプルなプレーに苛立つかもしれない。それでも、香川は大きく選手として成長を遂げようとしている。チームを良く理解し、自分を生かすために手段を選ばず柔軟に変化すること。それが選手として成長することなのかもしれない。赤く染まりつつある香川真司が、見せている変化を楽しみたい。まずはルーニーの代役としてかもしれないが、もしかしたら彼の上には遥かに抜ける青空が広がっているのかもしれないのだから。
タイトルは、ある有名なゲームソフトのキャッチコピーのパロディとなっております。筆者はこのゲームが凄く好きでした…ってな感じで締め括りに代えさせていただきます。
※フォメ―ション図は(footballtactics.net)を利用しています。
筆者名 | 結城 康平 |
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プロフィール | サッカー狂、戦術オタク、ヴィオラファンで、自分にしか出来ない偏らない戦術分析を目指す。 |
ツイッター | @yuukikouhei |
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