ピンチをチャンスに変えた巧みな用兵

リーグ戦22試合を終えて、J1自動昇格圏内の2位につける大分トリニータ。安定感のある戦いぶりには、2022シーズンより指揮を執る下平隆宏監督の存在が欠かせない。

下平監督は最終ラインからのビルドアップを約束事とし、今季は3バック(3-4-2-1)を基本布陣に設定。ビルドアップ時にダブルボランチのひとりがアンカー気味にポジションを取り、もうひとりがシャドーの位置まで上がることで相手守備陣を混乱させる形を取り入れるなど、崩しのアイデアが光る戦術家だ。

その指揮官は、第17節のV・ファーレン長崎戦で4バック(4-2-3-1)を試合開始から採用。ダブルボランチの一角で先発出場した野嶽惇也が「長崎は、大分が3バックでくると予想して準備するだろうということで、メンバーを入れ替え4バックシステムで臨んだ」と試合後に明かしたように、相手のスカウティングの裏をかく目的があったようだ。

続く第18節のブラウブリッツ秋田戦でもスタートから「4-2-3-1」で臨むと、第22節のジェフユナイテッド千葉戦まで「4-2-3-1」が基本形となった。興味深いのは、この間に1トップでスタメン起用された選手が大きく様変わりしたことだ。トップ下の選手も併せてまとめると以下の通りとなる。

  • 第17節 vs 長崎 ⇒ 1トップ:宇津元伸弥/トップ下:野村直輝
  • 第18節 vs 秋田 ⇒ 1トップ:サムエル/トップ下:野村
  • 第19節 vs 甲府 ⇒ 1トップ:伊佐耕平/トップ下:中川寛斗
  • 第20節 vs 群馬 ⇒ 1トップ:中川/トップ下:野村
  • 第21節 vs 岡山 ⇒ 1トップ:中川/トップ下:野村
  • 第22節 vs 千葉 ⇒ 1トップ:中川/トップ下:野村

第17~19節までは1トップに9番タイプのセンターフォワードを配していたが、第20節からの3試合は本来2列目のアタッカーである中川を最前線で起用。中川が広範囲を動いて崩しへ関与する“ゼロトップ”を採用したのだ。

この背景について下平監督は、「ゲームのほうはケガ人の事情もあり、ゼロトップのような形で入った」と群馬戦後にコメント。ケガ人を踏まえてのモノだったとのことだったが、殊勲の決勝点をマークした藤本一輝は以下のように手ごたえを口にしていた。

「ゼロトップのような感じで(中川)寛斗くんとノムくん(野村 直輝)が自由に動いて、ビルドアップに関わってくれたので、そのぶん距離感近くやれた。サイドを取れたときも距離感がよく、相手がなかなか飛び込んでこられないところで短くボールを動かして、相手を押し込めていた」

チーム全体でケガ人が相次ぎ(クラブの公式リリースによれば、5月以降で7人)、特に攻撃陣は茂平、宇津元、町田也真人、梅崎司が離脱中。台所事情はかなり苦しいと言える。しかし、そのピンチを「中川のゼロトップ起用」というチャンスに変え、大卒ルーキーの松尾勇佑を右サイドハーフに抜擢した指揮官の巧みな用兵は、素晴らしいの一言に尽きる。

中川が最前線で躍動した群馬戦から千葉戦にかけて、ビルドアップの質もさらに向上しており、キーマンとなっている背番号5の働きぶりは次のセクションで詳しく述べたい。