レアル・マドリー
失格になった大会:コパ・デル・レイ
期間:2015-16
あらゆるルールを守れるリソースを持つはずのレアル・マドリーでも凡ミスは犯すものだ。コパ・デル・レイのベスト32でカディスを3-1と破ったものの、その試合で問題が起こっていた。
先制点を決めたデニス・チェリシェフは、ビジャレアルへのローン移籍中に出場停止処分を受けており、この試合でプレーする資格がなかったのだ。レアル・マドリーは「それを知らされていなかった」と控訴したが、それは認められなかった。
南アフリカ代表
失格になった大会:FIFAの全大会
期間:1961~1992年
2002年のワールドカップ日韓大会では本戦でインパクトを残し、2010年にはホスト国も務めた南アフリカ。しかし、60年代から90年代にかけて長くサッカー界から追放されていたという歴史を持っている。
「アパルトヘイト」と呼ばれる人種隔離政策を施行していたことにより、それに反対するFIFAはすべての国際大会から南アフリカを締め出していた。
ユーゴスラヴィア代表
失格になった大会:EURO
期間:1992年
イヴィチャ・オシムが監督を務め、ドラガン・ストイコヴィッチらがプレーしていたユーゴスラヴィア代表。しかしこの年本格的な内戦がスタートしたことで国連の制裁決議が発動され、FIFAもそれに従って同国を国際大会から締め出すことを決めた。
すでに予選通過を決めていたユーゴスラヴィアが追放されたことにより、大会の枠が一つ空いた。そのために急遽出場することになったデンマーク代表が驚きの優勝を果たしている。