全ての人にとって晴天の霹靂。噂が立ってはいたものの、んなわけあるかと信じて疑わなかったのは何もユナイテッドファンだけではなかったように思う。

アレクサンダー・チャップマン・ファーガソンは芝生の上から降りることを発表した。

既に優勝は決まっており、来期はモウリーニョがロンドンに舞い戻り、友情と情熱と貪欲さが入り乱れる激しい戦いが見られる、と思っていたばかりだった。数日前にはまだまだ、なんてことを言っていたはずだった。確かに健康状態が全てにおいて良好とは言えないことなどユナイテッドを愛するものなら誰でも知っている。大晦日に71歳になった。ただ、それがどうしたというのだ。情熱と貪欲さは衰えるそぶりなど見せない。死ぬまでピッチの上じゃないか、と冗談抜きで思えるくらいだ。

アレックス・ファーガソンがユナイテッドのマネージャーに就任したのは1986年の秋のこと。

私事だが筆者もこの年にこの世に出てくることになったことは勝手ながら運命を感じている。就任当初から順調に滑りだしたわけではない。一度は2位につけたシーズンはあるものの、それ以降は中位が定位置であり、マージーサイド全盛期にはリーグで目立った成績は残せていない。今となってはこのような成績でクビにならなかったのは信じられないくらいだ。そしてプレミアリーグが発足し、ユナイテッドの黄金期も幕を開ける。

プレミアリーグの歴史は半分以上がユナイテッドの歴史であり、それはサー・アレックスの歴史でもある。発足後、リヴァプールがユナイテッドよりも上の順位でフィニッシュしたのは一度のみであり、リーグチャンピオンは未だにゼロ。リーグ最多優勝回数もユナイテッドに上をいかれてしまった。逆に言えば、サー・アレックスはこれを一人で更新してしまったということだ。同じ事がライアン・ギグスにも言えるがそれはまた別の機会に取っておこう。

何故これほどまでに長期政権を維持することが出来たか。

結果を出すことに貪欲であり続け、負けることを嫌うその性格が並大抵のものではないことは周知の事実だ。とはいえそれが常に結果に繋がるとは限らない。直ぐに撤回するが一度引退を試みているし、健康問題もあった。サラブレッドで揉めてクビになりそうになったこともある。