マレーシアでの不遇の日々、中国での“復活”
欧州の舞台で1シーズンプレーした後、邦本は再びアジアへ戻った。2023年8月12日に、マレーシア1部屈指の強豪であるジョホール・ダルル・タクジム(JDT)へ入団した。ただ邦本は同リーグの外国籍枠規定の煽りを受け、なかなか出場機会を得られなかった。
マレーシア1部では最大9人の外国籍選手を登録できるが、試合に出場できる人数は、国籍不問3人、AFC枠1人、ASEAN枠1人であり、さらに同クラブにはマレーシアとそれ以外の国籍を持つ多重国籍の選手も多く在籍している。
それでも昨年2月10日に中国2部遼寧鉄人へ移籍すると、25試合4得点7アシストを記録して実力を証明した。
本章では、同選手がマレーシアでの不遇から再起するきっかけとなった中国移籍の経緯までを語った。
ーー欧州を離れる決断をした理由を教えてください。
「やっぱり自分のポジションでプレーしたいというのが一つと、いろいろな国でプレーしてみたいという気持ちがあって、カーザ・ピアから移籍すると決めました」
ーーJDTでは、カップ戦で2ゴールを決めたのにもかかわらず、リーグ戦やACLではなかなか試合に絡めませんでした。何か理由があったのでしょうか。
「『外国人(選手)は何人までベンチに入れて、何人まで試合に出られる』という決まりがありました。マレーシア(リーグ)はよく分かりませんが、ジョホールは外国人(選手)がめっちゃいたんですよ。監督が理想とするサッカーが、僕にあまりマッチしていないと思いましたが、出られない期間も、いま考えればいい経験だったと思います」
ーー昨シーズンから中国の遼寧鉄人へ移籍しますが、入団の経緯を教えてください。
「マレーシアではあまり試合に絡めなかったので、(オファーが)来たチームに行こうと決めていました。いまいるチーム(遼寧)が『欲しい』と言ってくれたので、すごく感謝しています。そのときは『このチームしかない』という状況だったので、(遼寧へ)行くことを決めました」
マレーシアでは外国籍選手が多く在籍するチームで出場機会に恵まれなかった邦本だが、中国ではチームの中心選手としてプレーし、アシストを量産している。次項では中国での好調の要因に迫る。