米子北高校を経てファジアーノ岡山に加入し、高校を卒業する前にJリーグへとデビューした佐野航大。彼がJリーグのユースに進まなかった理由は、「プロになるときの進路が狭まるから」だったという。

『DAZN』で毎週木曜日に最新作がアップされている「内田篤人のFOOTBALL TIME」。21日に公開された番組では、NECでプレーしている佐野航大が出演した。

佐野航大は2019年に兄の佐野海舟が卒業したばかりの米子北高校に入学し、高校サッカーで活躍。1年時から10番を背負ってエースとなり、3年連続で全国高校サッカー選手権に出場するなど大きな話題を集めた。

それだけ突出した選手でありながら高校サッカーを選んだ理由は、兄の存在というよりも「ユースだと進路が狭まる」からだったと明かした。

内田「Jリーグのユースに行こうとは思わなかったの?」

佐野「思わなかったです。何回かセレクションは受けたんですよ。岡山だったのでヴィッセル神戸、京都サンガ、サンフレッチェ広島で。でも、これは経験として行ってみたかっただけでした。

ユースに行ったら、そこからトップへと昇格するしかないじゃないですか。ただ高校へ行ったらJ3からJ1まで(選択肢が広がる)。

内田「上手い選手は、どこの道に行っても最終的には出てくるものだと思っていたほうがいいと思う。その選手にもよるし、環境にもよる。それぞれが持っている運みたいなものもある」

佐野航大は結局高校サッカーで頭角を現し、地元クラブのファジアーノ岡山でプロデビュー。加入初年度から出場を重ね、1年半後にはヨーロッパへと渡ることになった。

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クラブユースではトップへと昇格するか大学へ行くかという選択肢がほとんどだが、高校であれば様々なクラブへの可能性が広がる…という考え方だったという。

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