追い詰められた弟を見て兄が取った行動とは
当時J2水戸ホーリーホックに所属していた兄のジェファーソンは、弟からかかってきた電話に戸惑ったという。「(ポールは)ちょっとパニックになっていましたね。泣きながら電話してきたんですけど、最初は何を言っているのか分かりませんでした。徐々に(状況を)飲み込むことができて、だんだんと頭の中に入ってきました。僕の中では『ああ、(酒気帯び運転を)やってしまったんだ』と衝撃を受けましたね」と弟が犯した罪を知って絶句した。
車を運転し始めた際、弟に「飲酒運転をするな」と忠告していただけに、ジェファーソンは次第に怒りがこみ上がってきた。優しくて心が強いとビスマルクが尊敬する兄は怒声を上げた。
「いま思ったら、あそこで優しい言葉をかけるべきだったと思います。でも俺は彼の人生の方が心配だった。起きたことに対して周りがどういう反応をするのかは分かります。盛岡を契約解除になったとき、その未来も見えてしまっていた。Jリーグでもっと活躍できたという俺の期待もあったし、そこからまた明るい未来が絶対に待っていた。もったいないという気持ちがすごく強かった。 ここで終わってほしくないという想いも込めて、そのときはきびしい言葉をかけたと思います」
10月31日にクラブからビスマルクの契約解除が発表されると、地獄のような日々が始まった。リリースが発信されると、ネット上ではビスマルクへの人格攻撃もあり、中には酒気帯び運転とは関係がない人種差別的な投稿も見られた。
そのときビスマルクは「自分が叩かれるような悪いことをしたから仕方ない」と心を殺して耐えていた。
弟が窮地(きゅうち)に立たされたとき、尊敬する兄が動いた。
ビスマルクは「一番最初に味方に付いてくれたのが兄貴でした。兄貴の存在はいつも大きかったですよ。小さいときいつも助けてもらっていた。自分がこうやってまた迷惑をかけて…。(酒気帯び運転を)やってしまった後で初めて兄貴と同じチーム(フィリピン代表)でピッチに立ったんですけど、そのときの印象で大きかったことは、自分は兄貴よりも身長が7センチ大きいけど、ピッチに立つと兄貴のほうがでかく見えるんですよ。いまでも兄貴が一番の支えで憧れですね。罪を犯した後の自分を守ってくれたときの言葉が一番印象に残っています」と最も身近なヒーローに深く感謝していた。
彼は今とても反省しています。失った信頼を取り返すのは簡単じゃないし、この先たくさんの困難が待ち受けていると思います。甘やかすつもりは、ありませんが、兄として全力でサポートします。
最後に僕からのお願いです。
厳しい意見もあると思います。でも今は心の中しまっていてほしいです。
— タビナスジェファーソン/JeffersonTabinas (@___JDT___4) October 31, 2022
ジェファーソンは今回の一件を奇麗事や美談にしようと思っていない。道を踏み外してしまった結果は事実だが、弟はクラブとの契約解除で社会的な制裁を受けている。いわれのない言葉をかけられ続けた弟を守った行動は、兄にとって当然の結果だった。
「僕は小さいころから両親に『お前は弟の面倒を見るんだぞ』とずっと言われていました。 一番つらいときに少しでもその炎上を和らげるというか、何か少しでも矢印が逸れればという思いもありました。あのときも書いたと思うんですけど、社会人としてやってはいけないことだけど、兄として、家族として彼を守ることが僕の使命というか。(ネットリンチは)制裁というんですか?契約解除などで罰は受けていると思います。自分勝手ですが、できるだけその社会的な制裁は、過度に彼を追い詰めてほしくない思いが強かったです」
兄がSNSに投稿した内容を見たときビスマルクは大粒の涙をぼろぼろと零したという。愛する弟を守るために、兄が矢面に立って守ってくれた。暫くして弟は兄が住む水戸の家へ訪れたという。
「僕の水戸の家に4泊くらいしたときがあって、そのときの彼を見ていたら『これは大丈夫だ』と思いました。彼は自分で立ち直るメンタリティがあります。まだ落ち込んでいましたけど、彼のメンタリティに関して心配していませんでした。ずっと連絡を取り続けて、 彼もできることをやっている感じだったので、特に何か言葉をかけることはありませんでした」と、時にはきびしく、時には優しく弟を見守った。
そしてビスマルクは罪と向き合う贖罪の時間が始まろうとしていた。