FW ホセ・カジェホン/現ナポリ/マドリーでの出場数77

非常に才能あるアタッカーであるカジェホンだが、マドリーではメスト・エジル、カカ、ロナウド、ディ・マリアらビッグネームによって出場機会が制限された。

とはいえ、途中出場から多くの試合でプレーした。出場した77試合で多くの将来性を見せていたにも関わらず、2013年にナポリへと売却された。イタリアではその才能を見せつけ、148試合で43ゴールをマークし、カップ戦も2度制している。

FW アルバロ・モラタ/現ユヴェントス/マドリーでの出場数55

多くは途中出場だったが、与えられた52試合でその価値を証明していたモラタ。また、溢れる才能も見せつけていた。

それでも、2014年にユヴェントスへと売却された。買い戻し条項をつけた契約で。イタリアでは1年目から活躍し、ここまで83試合で23ゴールをマーク。ユーヴェは2020年まで彼を留めるためのオファーを持ちかけている。

DF ワルテル・サムエル/現バーゼル/マドリーでの出場数40

わずか1年でスペインを去ったサムエル。2004-05シーズンに出場した40試合では、マドリーのリーダーに足るに十分とはみなされなかった。

獲得のために巨額の移籍金を支払ったマドリーは、彼の影響力に満足できず、1年後にインテルへと売り払った。

セリエAに舞い戻ったサムエルは、世界最高のCBのひとりとしての地位を確立し直すと、236試合でプレー。インテルではCLを含め14ものタイトルを勝ち取った。

DF フアンフラン/現アトレティコ/マドリーでの出場数11

レアル・マドリー出身のフアンフランは何人かいるが、ここで触れるのはアトレティコでSBとしてコンバートされるとブレイクしたフアンフラン。

もとはレアルのカンテラで育成されたフアンフランだが、トップチームでの試合出場は11のみ。2006年にオサスナへと売却されると、持ち前の突破力を武器にサイドアタッカーとして活躍。

2011年にはアトレティコに引き抜かれたが、シモンの後釜としては物足りないパフォーマンスが続いた。その後、シルヴィオの負傷の影響もあり、ディエゴ・シメオネ監督から右サイドバックで起用されると、瞬く間にブレイク。レギュラーポジションを確保し、スペイン代表の常連にもなった。

(なお、原文ではオサスナでいいDFとして成長したとされているが、それは誤り。なので、ここは当サイト情報メイン)