▼改めて浮き彫りになった柔軟性のなさ
ハリルホジッチに率いられた現チームの主武器は「ダイレクトプレーを駆使したカウンターアタック」である。
だが、この試合ではそれが相手の脅威になることはなかった。ブラジルの活力が弱まった後半戦はさておき、少なくとも前半戦はほぼそれが見られなかったと言える。
そもそも「理想的な位置でボールを奪える機会が少なかった」というのもあったが、仮に奪えたとしても、思うような攻撃が決まらなかったというのが実情だ。
その大きな理由に挙げられるのは、この戦術の頼みの綱である、大迫勇也にボールが入らなかったことにあるだろう。W杯最終予選ではチームを幾度となく助けてきた彼のポストワークは機能しなかった。
しかし、彼一人を責めるわけにはいかない。
ブラジルの“見えない圧力”が影響してか、彼に入る縦パスの精度自体が雑であったし、「それを収めろ」というのも無理な注文であるからだ。
だが、「とは言え」である。
例えどんな状況であろうとも、この戦術を貫く限り、ワントップのポストワークは生命線。大迫の任務は責任重大だ。
ここが機能不順に陥れば、サイドの原口元気や久保裕也がキープするか、一人でボールを長距離輸送する必要が生じるからである。
だが、これも非現実的なオプション。
何故なら、彼ら二人にそれを求めるのは明らかな“容量オーバー”だからである。
同格か少し格上の相手であればそれは可能かもしれないが、W杯本大会で挑む相手には難しいだろう。守備の場面で疲弊してしまい、残されたエネルギーはわずかとなっているはずだ。
となると、ある場面では「ダイレクトプレー」を捨てる必要性が出てくる。「無闇にボールを縦に入れて奪われるぐらいならば、時間をかけて攻めるほうが幾分かましだ」と考える状況が巡って来るだろう。
しかし、“ハリルJAPAN”に、そこで大きな決断を下したり、試合中に方針を変えるような芸当を求めることは難しいはずだ。
何故なら、それらを今まで軽視し過ぎたためだ。
今から数ヶ月でそれを取り戻すことは、残り数日で仕上げなくてはならなくなった夏休みの宿題をこなすよりも厳しい。
きっとこのまま本大会に挑み、大会終了後には「日本はどのようなサッカーを目指すべきか」という議論が再燃するだろう。