ベトナムの地で示せた「信念を持って続けること」の重要性
――就任後しばらくは、なかなか勝ち切れないという試合も多かったですが、5月中旬から6月の代表ウィーク明けまでに5連勝。特に直近の試合では決定力が向上している印象です。この短期間にチームの中でどんな変化が起きたのでしょうか?
「一番大きかったのは代表戦と絡む日程的なこと。1月は代表選手が抜けた中で練習して、2月の試合に入っていきました。それから数試合やると、また代表選手が離脱して残った選手たちで準備をする。そんなことを何度か繰り返しました。
4月の中断だけオリンピック予選の中断だったので、A代表の選手たちは抜けませんでした。そこでしっかり準備期間が取れるというのは、日程を渡されたときに思い描いていました。それならば、大きな連戦もある5月が勝負になると考えていました。
2月~4月の戦いは、出来るだけ勝ち点を拾いながらのチーム作り。この間は内容が良かったり悪かったりするのは、ある程度仕方ないと割り切っていました。4月の準備期間を経て5月に勝負をかけることは選手たちにも伝えてありましたし、ある程度想定通りに進んだというのが大きかったです。
勝ったり負けたりする中で、大事なことはチーム作りを進めることだったので、勝敗に関わらずよかった点と悪かった点を明確化し、映像で選手たちと共有して修正する。ただ、4連勝の前のハティンとの試合は(2-2で)引き分けましたし、5月勝負と考えていたのが最初の3試合(1敗2分)でつまずいてしまいました。
そこで選手たちに強く伝えたのは、全体の守備意識や献身性が欠けていたこと、コンパクトさをどう維持するのかということ。実際に結果が出なかったことで、選手たちも危機感を持ったと思います。これ以降、選手たちの意識や取り組み方が変わって、そこから4試合はコンパクトさが保てるようになり、特にボールを持たないときの連動性が高まって、結果としてチャンスやゴールの数が増えました」
――連勝街道が始まる前、4月上旬のHCMC戦では3-1で勝ったものの試合後の会見で、就任後で最低の試合だったと厳しい評価を下していました。ハーフタイムのロッカールームでは、かなり激しい檄も飛ばしていたようですが、選手たちにどのように発破をかけたのでしょうか?
「正直、そこも探り探りでした。どのぐらい強い調子で言葉を発するべきなのか。当然、日本人とは受け取り方も違うでしょう。結果として後半のパフォーマンスが上がる方向にもっていかないといけないので、そのために厳しい態度を取った方がいいのか、あるいは、さとすように伝えた方が良いのか。
当初は声を荒げることは、ほとんどなかったと思いますが、練習中にちょっと気が緩んでいるのが見えたときに少し強めに活を入れると、比較的パフォーマンスが上がる傾向が見て取れました。そこからは回数としては多くないですが、気が緩みそうな空気のときに厳しめの態度を取るようにしました。
マネジメントの部分では、色々なところで助けられたと感じていますが、(主将を務める)グエン・バン・クエットの存在が非常に大きかったですね。日本サッカーをすごくリスペクトしてくれていて、僕が目指したボールを保持しながら相手を動かしていくようなサッカーを彼自身もやりたいと共感してくれました。
彼以外の主力選手たちもそうですけど、僕が目指すサッカーに対して前向きでいてくれた。主力の彼らが、僕の伝えたことをピッチで表現しようとチーム内で共有してくれたので、そこはこの半年とても助けられた部分ではあります」
――外国人選手に依存しないサッカーを目指して、ハノイではその成果が見え始めています。では、逆にチームに足りないものを補うのが外国人選手だとしたら、助っ人に求める条件とは何でしょうか?
「やはり勝負を決める仕事ができることだと思います。ゴール前で決めきることに関しては、まだまだベトナム人選手は力不足なのは事実。そこでスペシャルな助っ人、例えばナムディンFCのラファエルソン(※元ベガルタ仙台、3季連続Vリーグ得点王)のような一発で決めてしまう力がある選手が、今のハノイに加われば相手チームはもっと対応が難しくなるので、そこは外国人選手に求める要素ではあります。
ベトナムメディアでは色々な言葉が出回っていて誤解を生んだかもしれませんが、僕は外国人選手を使わないとは一度も言ってなくて、外国人選手に依存しないサッカーをしたいと言い続けてきました。
Vリーグでは、外国人選手が後ろからパスやロングボールを入れて、受け手も外国人選手であることがほとんど。外国人選手に判断を委ねて、ベトナム人選手はこぼれ球に反応していくというサッカーになりがち。それではベトナムサッカーの発展に繋がらないと思ったので、それを変えたいと思いました」
――Vリーグのチームは外国人選手ありきのサッカーになりがちという話が出ましたが、2部では外国人選手の登録が禁止されています。カップ戦では1部と2部が試合することもありますが、実際に対戦してみてスタイルの違いは感じましたか?
「これは僕も感じた視点で、カップ戦の準々決勝でSHBダナンと試合しましたけど、彼らのサッカーは良かったですよ。ダナンは今季2部で無双して優勝を決めていますが、1部では見られないスタイルでした。外国人選手がいないことで、自分たちで判断する面白いサッカーをしていて、その分対応も難しかったです。
トレーニングマッチでは、PVFともやりましたが、自分たちでボールを動かして戦術的に戦うチームでした。この2チームが2部のトップ2ですが、どちらも1部より良いサッカーをしている印象でした。
本来そのようなサッカーができる力があるにもかかわらず、それができていないのが1部の問題なのかなとも思いました。たしかに手っ取り早く結果を求めるなら、前線にごり押しできる選手を置いて頼るという手法はよく分かるんです。でも、そこに振り切ってしまうと、結果的に選手たちの成長を阻害してしまうことになりますし、代表チームのレベルアップにもなりません。
これについてはチームを指導する監督が、このサッカーを続ければ数か月後、1年後に選手がこのように変わるんだと覚悟を持ってやるしかない。僕自身、このサッカーを選手たちと積み上げていくことを重要視してチームを作りました。
最初の数試合で結果が出ずに、色々言われることもありましたが、そこは僕も信念との戦いで、やり切ろうという覚悟で突き進み、今はこうして結果もついてきました。これは僕の自信にも繋がりましたし、信念を持って続ければ変わるのだということを少しは証明できたと思うので、ハノイのサッカーに触発されて、チャレンジする指導者がこれからどんどん出てきてくれると嬉しいです」
――かつてベトナムにも自分たちで主導権を握って勝とうとするスタイルのチームはありました。『美しいサッカー』をスローガンにしていたホアン・アイン・ザライ(HAGL)をはじめ、前ベトナム代表のトルシエ監督体制のベトナム代表もそうですが、結果が出ない中で徐々に変わってしまいました。長期的な視野が不足していると言われがちなベトナムで、チームのスタイルを根付かせるために、何か助言がありますか?
「一つはトライ&エラーを恐れずに繰り返すこと。サッカーに限った話ではないですが、トライが出来ない環境の中では、いつまでもイノベーションが起こせません。目先のことばかり考えていては、長い目で見たときにすごく出遅れてしまいます。
ハノイのサッカーを見せることで、『気づき』までは与えることができたと思います。このサッカーをやろうとすると、難しい面も確かにあって、きちんと構築しないと失敗する指導者も出てくるでしょう。でも、それはトライ&エラーの一つであって、その中でベトナムに合ったスタイルというのを構築できる指導者が生まれると思います。
もちろんサッカーのスタイルに正解はないので、今のVリーグで大半のチームがやっているようなサッカーが残ってもいいと思いますし、そうじゃないサッカーもどんどん出てきてほしい。多様性の中でいろいろなチームが、それぞれのサッカーの捉え方をする中で、5年後、10年後にベトナム人にもっと相応しいサッカーが確立されると考えています」