小笠原 満男(鹿島アントラーズ→メッシーナ)
1998年に岩手県立大船渡高校から鹿島アントラーズ入り。同期の本山雅志、中田浩二、曽ヶ端準らと鹿島の黄金時代を共に彩った。
2006年のW杯ではジーコ監督の下に黄金世代が揃うこととなり、“歴代最強”とも称される日本代表に参加。2002年に続いて2度目のW杯を戦い、クロアチア、ブラジル代表戦で先発出場を果たした。
結果はその期待に応えられず、2敗1分に終わり、大会終了後には中田英寿が現役引退を発表するなど節目となった大会だが、小笠原は海外挑戦を決意しイタリアのメッシーナへ。2007年6月まで10ヶ月間のレンタル移籍という形でありながら、カルチョの世界で研鑽を積んだ。
メッシーナのチームメイトはイブラヒマ・バカヨコ(コートジボワール代表)、ローマで中田と共にプレーしたヴァンサン・カンデラ(フランス代表)、イヴィツァ・イリエフ(セルビア・モンテネグロ代表)らがいた。とはいえ、そこはセリエA。多くの時間は守備に割かれ、小笠原もパスやシュートといった攻撃面ではなく球際の強さが求められた。
一説には差別的な扱いを受けたなどとも言われるが、そうしたチーム事情からほとんどがベンチ外という苦しい状況を経験し、チームもセリエBに降格。その後、ローン期間を延長することなく鹿島アントラーズへ復帰することとなった。
現在は39歳になるが、所属の鹿島アントラーズではいまだ健在。Jリーグ通算500試合以上の出場を残している。